新型コロナウイルス感染について
コロナウイルスは数千種類にものぼるが、その内、ヒトを含む哺乳動物(コウモリ、ブタ、ネコなど)や鳥類に感染するものは数十種類である。一般にコロナウイルスは種特異性が高く、固有の宿主以外の動物に感染することはない。コロナウイルスの主要な感染の標的臓器は呼吸器と消化器であり、殆どの場合、致死的な感染に至ることはない。ヒトにおいて晩秋から冬、早春にかけての冬期に多くおこる風邪様症候の10~15%(流行期は35%)はこのウイルスが原因といわれている。このウイルスは世界中に蔓延しており、2~4年周期で冬季に主に新生児や乳幼児に感染し流行する。
ボランティアへのコロナウイルス接種実験によると、鼻腔接種後、2~4日の潜伏期間を経て発症、鼻汁増加、クシャミ、不快感を訴え、症状は約1週間持続した後に消退すると報告されている。また、このウイルスに対する中和抗体保有率は、10歳以下で20~25%、成人ではほぼ100%と報告されており、再感染による発症も多いと考えられている。
新型コロナウイルス(severe acute respiratory syndrome coronavirus, SARS-CoV-1)は重症の急性呼吸器症候群(SARS)を引き起こす新種のコロナウイルスとして2002年11月に中国広東省広州市で初めて確認され、その後2003年7月にWHOから終息宣言が出るまでに香港、ベトナム、カナダ、シンガポールなど28か国に感染が拡大した。最終的には8,098人が感染し、死者も744人を数えた。この感染症はかなり高い死亡率(10.9%)と感染拡大の速さから世界を震撼させた。その後、2012年4月に中東のサウジアラビアを中心に新種のコロナウイルス(middle east respiratory syndrome coronavirus, MERS-CoV)による死亡率の高い(34.4%)感染症(中東呼吸器症候群)が9件発生したのみで、心配されたこの感染症の流行拡大はなく終息した。しかし、安心も束の間、2019年12月に中国湖北省武漢市において同じ新型コロナウイルスによる大規模(パンデミック)な感染症(SARS)が発生し、瞬く間に世界185か国に感染が拡大した。前者と区別するために、この新型コロナウイルスはSARS-CoV-2、そしてこの新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019)はCOVID-19と表現され、このウイルスによる死亡率は先のウイルスのそれよりも比較的低く約6.8%である。
SARS-CoV-2は上気道、特に鼻咽頭の繊毛上皮細胞に感染し、無症状のままの場合もあるが、一般には2~7日の潜伏期間の後、しばしば倦怠感を伴う発熱、呼吸器症状(乾いた咳や咽頭痛)、頭痛、筋肉痛を特徴とする全身症状がみられ、約1週間程度で軽症のまま治癒する(全体の約80%)。さらに、肺炎症状が増悪し1週間から10日程度の入院が必要となる重症者は約20%、そして呼吸不全などの最重症となるのは約5%とされている。
SARS-CoV-2は他のコロナウイルスと同じように、感染したヒトの鼻腔や口腔内に存在し、咳やくしゃみや会話により唾液や鼻水などの体液が飛沫として体外に飛散し、これを吸い込むことで主に感染(飛沫感染)する。一般的に、くしゃみに伴う空気中での飛沫(図参照)の移動速度は160~320km/hにも達するが、この飛沫はくしゃみしたヒトの半径約1m以内にゆっくりと落下すると報告されており、このSARS-CoV-2の伝播も感染者から1m以内でおこる可能性が高いと推測されている。その他に、飛散した体液が付着した物品や皮膚表面に接触しておこる感染(接触感染)もある。
飛沫の粒径が小さなもの(直径20μm)は、乾燥していると空気中をゆっくりと落下する間に水分が蒸発して「飛沫核」という微粒子(エアロゾル、直径5μm以下)になり、長時間空気中に留まることができる。実際にはエアロゾルを介したSARS-CoV-2の感染伝播(空気感染)について統一した見解はまだないものの、最近のWHOレポートでもその感染リスクを否定してはいない。
感染者から放出された飛沫中のSARS-CoV-2は物品表面に付着したり、空気中でエアロゾル化したりして室内環境下に存在し、接触感染や空気感染をおこす原因となることが懸念される。そこで、その感染力の持続性に関する成績を以下の表に要約する。
物品表面上に付着したウイルスの感染持続性は、表1に示すようにその基材によって異なっている。ウイルス培養液を接種する条件下においてプラスチックや書籍ではほぼ5日前後にわたり乾燥に抵抗して感染力を持続するが、ウイルスを含む鼻汁や喀痰ではその持続時間は1日前後であった。衣類や木材における持続時間はほぼ1日であった。また、金属材料においては優れた抗菌性能がある銅や亜酸化銅(Cu2O)ではその感染性が4時間前後しか持続していない。一方、その特性が無いステンレス鋼では3日前後まで感染性が持続することが分かる。従って、不特定多数のヒトが触れる高頻度接触環境にあるドアノブや手すり等も感染媒体になりえる事から、このような表面からの感染対策に銅及び銅合金は極めて有効であるものと考えられている。
エアロゾル中でのSARS-CoV-2の感染性はどれ位維持されるであろうか。COVID-19患者の病室中の空気からこのウイルスのRNAゲノムが検出されてはいるが、感染性のある本ウイルスが検出されたという報告はこれまでのところない。その為に、エアロゾルを実験的環境下で発生させて検討した報告は少ない。米国立アレルギー研究所の報告では、実験的な環境(相対湿度65%、21~23℃)下で空気中に浮遊するエアロゾルの中でSARS-CoV-1とSARS-CoV-2の感染力を比較し、その結果を表2下段に示している。いずれのSARS-CoVにおいても3時間経過してもその約16%が感染性を維持したという。また、別の報告によると16時間経過後でも感染性ウイルスが室温のエアロゾル中に検出されている。これらの成績から、換気が十分でない室内環境下に長時間留まると、エアロゾルを介した空気感染が起こりやすくなるのではないかという推論は極めて重要になってくる可能性がある。
空気中にエアロゾルが発生する相対湿度と温度の関係がSARS-CoV-2の感染性に影響するかについての詳細な報告は未だないが、風邪の原因であるヒトコロナウイルス(HCoV-299E)を用いた報告を表2上段に紹介してみよう。相対湿度50%で20℃ではエアロゾル中のウイルス感染性は安定的に維持されおり、さらに温度が6℃なるとより安定してその感染性ウイルスが維持されていた。湿度が30%に下がると感染性のあるウイルスは少し低下するものの、72時間でも50%のウイルスが生存していた。この事から、コロナウイスは6~20℃で湿度30~50%環境下のエアロゾル中でも比較的安定して感染性を維持していることが分かる。
COVID-19に有効な治療法がない場合、感染予防と感染の拡大阻止に重要なのがワクチンである。感染防御において最も効果のある標的分子はウイルスのスパイク(S)タンパク質であるために、不活性化したウイルス粒子ワクチン以外はこのタンパク質をベースに開発されている。日本でも承認ワクチンとして予防接種が始まっているのはファイザーの核酸(mRNA)ワクチンである。このワクチンは分解を防ぐために脂質ナノ粒子にmRNAを包み込んでカプセル化したものであり、筋肉内に投与されるとそこでタンパク質が合成されて近傍の免疫担当細胞が認識して免疫抗体の産生を誘導するものである。2回目の接種後には高い免疫が誘導されることが確認されている。この抗体はイギリスの変異株にも中和作用があるとされている。
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